Fn-[7]Helicene (2)

フッ素置換[7]ヘリセンのドミノ反応には続きがあった・・・

“Skeletal Transformation Triggered by C–F Bond Activation after Photochemical Rearrangement of Fluorinated [7]Helicenes”
Chem. Eur. J. 2022, 28, e202200132.
[DOI: 10.1002/chem.202200132]
Hot Paper に選出されました。
Hot Topic: Fluorine Chemistry に掲載されました。

F4-[7]ヘリセンのドミノ光反応を発見した当初から、最終生成物の二重フッ素転位体がシリカゲル上で壊れることが分かっていました。したがって、シリカゲルを充填剤に用いたカラムクロマトグラフィーでは精製を行うことはできず、ポリスチレン架橋ゲルを充填剤に用いたリサイクル分取GPCで精製を行う必要がありました。二重フッ素転位体がシリカゲル上でなぜ壊れるのか、どのような化合物に変換されるのか明らかにしたいと思い、本研究がスタートしました。

F4-Photochemical domino reaction (unstable on SiO2)

シリカゲル上での二重フッ素転位体の安定性
二重フッ素転位体の溶液を、シリカゲルTLCプレートのベースラインにスポットします。展開を開始するまでの時間を遅らせるほどスポットが上がらず、ベースラインに留まっています(左→右)。TLCプレート上で不安定であることは、二次元展開法でも分かります。

2F-transfer product on TLC


シリカゲルクロマトグラフィーで展開溶媒の極性を高くすると、GPCで精製した場合とは異なる化合物が高収率で得られました。生成物の構造は、X線結晶構造解析によって初めて明らかになりました。シリカゲル処理でフッ素の数が4個から2個に減少し、新たにカルボニル基が導入されていました。また、下側の骨格は、ビシクロ[2.2.2]オクタンからビシクロ[3.2.1]オクタンへ転位していました。

F4-dyo on SiO2

二重フッ素転位体のアリル位にあるC–F結合は、他のC–F結合と比べて弱くなります(負の超共役効果)。アリル位のC–F結合が弱く(長く)なっていることは、X線構造からも分かりました。さらに、このアリル位のフッ素原子は、第3級炭素原子に結合しています。したがって、シリカゲル上では以下のようなメカニズムで骨格変換が起きたと考えられます。

負の超共役効果
アリル位のC(sp3)–F結合は、負の超共役効果によって弱くなります。C–F結合の反結合性軌道はエネルギー準位が低く、隣接するπ電子を受け入れやすいことが原因です。

negative hyperconjugation

F4-dyo on SiO2 (mechanism)

  •  Si···F相互作用とSi–OH···F相互作用が協同的に働いて、アリル位のC–F結合が活性化される。
  •  Wagner–Meerwein転位が起こり、ベンゾピレニウムカチオン(第3級カルボカチオン)が発生する。
  • カチオン中心に対してパラ位の炭素原子が、シリカゲル表面に吸着した水によって、芳香族求核置換反応を受ける。フッ素原子の電子求引的な誘起効果により、フッ素が直接結合した炭素が選択的に攻撃される。
  •  HFが脱離し、カルボニル基が導入される。

次に、F3-[7]ヘリセンのドミノ光反応により得られる二重フッ素転位体をシリカゲルで処理しました。フッ素の数が3個から2個に減少し、カルボニル基が異なる位置に導入された異性体が選択的に得られました。ベンゾピレニウムカチオンのカチオン中心に対してパラ位の炭素原子は2箇所ありますが、どちらもフッ素原子が直接結合していません。隣接するフッ素原子の電子求引的な誘起効果よりも、フッ素原子がもつ非共有電子対の電子供与的な共鳴効果が、芳香族求核置換反応の位置選択性に影響を与えたのではと推察しました。

F3-dyo on SiO2 (mechanism)


最後に、シリカゲル以外でも同様の骨格変換を起こせないか探索しました。フッ素が高度に置換したアルコールであるHFIPhexafluoroisopropanol)は、無置換アルコールの2-プロパノールと比べて、酸性度が108倍高いことが知られています。F4-[7]ヘリセンのドミノ光反応により得られる二重フッ素転位体をHFIPで処理すると、シリカゲルで処理した時の生成物に加えて、HFIPが挿入された新たな化合物も得られました。

F4-dyo with HFIP

HFIPが挿入された化合物の構造は、X線結晶構造解析で確認しました。HFIP部位の水素原子とベンゼン環についたフッ素原子が近接し、分子内水素結合で六員環を形成していました。HFIPは求核性が非常に低いアルコールであり、通常求核剤として働きません。唯一、求電子性が非常に高いカチオンが存在している時のみ求核剤として働くことが知られています。したがって、反応系中で、求電子性が非常に高いカチオン(=ベンゾピレニウムカチオン)が存在していることは確かであると言えます。


About/Help

F4-[7]ヘリセンに含まれる4個のフッ素原子は同一のベンゼン環に置換していますが、ドミノ反応における個々の役割・ふるまいが異なります。光照射でフッ素原子が2個転位し、さらにシリカゲル上でフッ素原子が2個脱離します。フッ素置換[7]ヘリセンが示すユニークなドミノ反応の物語は、本研究にて完結させることができました。


本研究を進めるにあたり、実際の合成やドミノ反応の解析を担当してくれた松田千可子さん、五十嵐遼くんに感謝いたします。また、X線測定では、山形大学大学院理工学研究科・片桐洋史教授に大変お世話になりました。


*JSmol: an open-source HTML5 viewer for chemical structures in 3D. http://wiki.jmol.org/index.php/JSmol#JSmol.