Fn-[4]Helicene

非平面でも、フッ素置換されたベンゼン環と無置換のベンゼン環は、交互に積層するのだろうか

“Columnar Stacking of Partially Fluorinated [4]Helicenes:
C–H···F Interactions Change the Stacking Orientation”
Chem. Asian J. 2020, 15, 1330–1338.
[DOI: 10.1002/asia.202000037]
Hot Topic: Fluorine Chemistry に掲載されました。

2つのベンゼン環が真正面からピッタリと重なることは、電子どうしの反発を招くため好ましくありません。一方、フッ素置換されて電子不足になったベンゼン環(ArF)は、無置換のベンゼン環(ArH)との間で静電的に好ましい相互作用が働くため、両者は結晶中で交互に積層します。

C6H6 C6H6-C6F6 crystalsこのArH–ArF相互作用は、多環芳香族炭化水素を部分的にフッ素置換した場合でも働きます。例えばナフタレンは、ベンゼンと同様にヘリンボーン型の結晶構造を与えますが、ナフタレンの半分をフッ素置換したF4-ナフタレンは、180°回転しながら積層した“head-to-tail”型の結晶構造を与えます。

naphthalene F4-naphthaleneF4-[7]ヘリセンの両末端のベンゼン環では、“分子内”でArH–ArF相互作用が働いています(Commun. Chem. 2018, 1, 97)。そこで次に、“分子間”でのArH–ArF相互作用に関心をもちました。[4]ヘリセンは、非平面構造をもつ最小の多環芳香族炭化水素です。部分的にフッ素置換した[4]ヘリセンの結晶構造をフッ素置換数に応じて系統的に調べ、非平面構造におけるArH–ArF相互作用の特徴を明らかにしたいと思い、本研究がスタートしました。


F6-[4]ヘリセン
[4]ヘリセンの半分をフッ素置換したF6-[4]ヘリセンは、head-to-tail型のカラム構造を与えました。F4-ナフタレンと同様に、強固なArH–ArF相互作用が働いていましたが、同時に、深く入り込んだ(フィヨルド)領域のフッ素原子どうしが接触していました。すなわち、非平面の芳香環の積層では、“面と面”の相互作用に加えて、“点と点”の相互作用も起こり得ることが分かりました。

F6-[4]helicene

  • 隣り合う分子間のフィヨルド領域でF···F接触がある

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F5-[4]ヘリセン
F6-[4]ヘリセンの内側のベンゼン環からフッ素原子を1個取り除いたF5-[4]ヘリセンでも、head-to-tail型のカラム構造を与えました。F6-[4]ヘリセンの場合と比べて、ArH–ArF相互作用は弱くなり、F···F接触は小さくなっていました。

F5-[4]helicene

F4-[4]ヘリセン
フッ素置換するベンゼン環を末端に限定すると状況が変わりました。F4-[4]ヘリセンは、head-to-tail型とhead-to-head型の両者が完全に混じったカラム構造を与えました。同種のベンゼン環どうしが積層するhead-to-head型を抜き出すと、フィヨルド領域の水素原子とフッ素原子が接触していました。このC–H···F相互作用が、ArH–ArH/ArF–ArF相互作用をサポートし、head-to-head型のカラム構造を可能にするのではと推測しました。

F4-[4]helicene

  • head-to-head型を抜き出して表示(C–H···F相互作用で“斜め縫い”)

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F3-[4]ヘリセン
F4-[4]ヘリセンのカラム構造を理解するために、さらにフッ素原子を1個取り除きました。フィヨルド領域以外からフッ素原子を取り除くと、head-to-head型のカラム構造のみを与え、フィヨルド領域でC–H···F相互作用が働いていました。一方、フィヨルド領域からフッ素原子を取り除くと、head-to-tail型のカラム構造のみを与えました。F6-[4]ヘリセンやF5-[4]ヘリセンの場合と比べると、ArH–ArF相互作用が弱くなっていました。ただし、フィヨルド領域にフッ素原子がないため、F···F接触はもう起こりません。以上より、フィヨルド領域のフッ素原子が、head-to-head型のカラム構造を可能にすると確信しました。

F3-[4]helicene

  • フィヨルド領域にフッ素原子がある → head-to-head型

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  • フィヨルド領域にフッ素原子がない → head-to-tail型

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フッ素置換[4]ヘリセンが形成するカラム構造では、ArH–ArF相互作用とC–H···F相互作用が競合すると考えられます。フッ素置換数が多いと、強固なArH–ArF相互作用が働きますが、フィヨルド領域で、あまり好ましくないF···F接触を伴います。フッ素置換数が少なくなるにつれ、ArH–ArF相互作用が弱くなります。その結果、フィヨルド領域でのC–H···F相互作用が支配的になり、ArH–ArH/ArF–ArF相互作用を可能にします。

Fn[4]helicene competition

さらにフッ素置換数が少なくなると・・・
1,4位にフッ素原子があるF2-[4]ヘリセンも同様に、head-to-head型のカラム構造を与えることが報告されています(J. Org. Chem. 2007, 72, 7625–7633)。この結果からも、フィヨルド領域でのC–H···F相互作用の重要性が分かります。

F2-[4]helicene


平面状の芳香族化合物に、フッ素置換されたベンゼン環が含まれていると、溶液中や結晶中でArH–ArF相互作用を想定してしまいます。しかし、非平面状の芳香族化合物では、高度にフッ素置換されたベンゼン環が含まれていても、必ずしもArH–ArF相互作用が働くわけではないと言えます。head-to-head型のカラム構造は、カラム内では双極子モーメントが相殺されないため、head-to-tail型よりも設計が難しいと考えられます。

芳香環の部分フッ素化 + 芳香環のねじれ

の組み合わせは、芳香環の積層様式を制御するための新たな手法になると期待しています。


本研究は、山形大学大学院理工学研究科・片桐洋史教授との共同研究です。X線測定では、片桐教授、藤原渉さんに大変お世話になりました。また、実際の合成を担当してくれた鈴木李紗さん、氏家優斗くんに感謝いたします。


*JSmol: an open-source HTML5 viewer for chemical structures in 3D. http://wiki.jmol.org/index.php/JSmol#JSmol.