F4-Thia[6]helicene

ヘリセンの骨格変換の起源をたどる

“Helix-to-Disc Conversion of Thia[6]helicenes into Coronenes Facilitated by Sulfur Oxidation and Fluorination”
Chem. Eur. J. 2024, 30, e202402445.
[DOI: 10.1002/chem.202402445]

我々は、[7]ヘリセンの骨格が紫外光照射によって変形することを2018年に発表しました。しかし、[7]ヘリセンの骨格変換は、塩化アルミニウムのようなLewis酸の添加や、銀基板上での加熱でも起きることが既に知られていました。そこで、ヘリセンの骨格変換の起源をたどると1968年の論文にたどり着きました。その内容は、[6]ヘリセンのEI-MSを測定すると、[6]ヘリセンの分子イオンピークに加えて、コロネンの分子イオンピークが観測されたというものです。この骨格変換は、形式的には、[6]ヘリセンの両末端の辺をつなぎ合わせたものに相当します。本当にこのような変換が可能なのかという思いと同時に、このような美しい変換を効率的に行いたいと思い、本研究がスタートしました。


F4-[7]ヘリセンの骨格変換では、ベンゼン環が1個横に突き出た状態で進行し、最終的にはコロネンに類似した部分骨格をもつ化合物に変換されます。そこで、ベンゼン環を1個減らしたF4-[6]ヘリセンでも同様の骨格変換が起きるのではないかと期待しましたが、F4-[6]ヘリセンは光にも熱にも安定でした。しかし、F4-[6]ヘリセンの末端のベンゼン環をチオフェン環に変更すると状況が変わりました。なんと、F4-チア[6]ヘリセンに紫外光を照射すると、硫黄とフッ素2個が脱離して、F2-コロネンに変換されました。

F2-コロネンの結晶構造は、2個のフッ素がそれぞれ2箇所で等しく分布していました。したがって、F2-コロネンが形成するカラム構造は、head-to-tail型の重なりとhead-to-head型の重なりが混じっていると考えられます。F4-[4]ヘリセンの結晶構造もディスオーダー構造であったことから、積層パターンに与えるフッ素の影響は極めて大きいことが分かります。最近接分子どうしの配向角度(ヘリンボーン角度θ)についても、コロネンの結晶構造とは異なりました。コロネンの結晶では、隣のカラムどうしのコロネンがほぼ直交(θ=95.9º)しているのに対して、F2-コロネンの結晶では、θ=50.4ºでした。

F4-チア[6]ヘリセンは紫外光照射によってF2-コロネンに変換できましたが、この変換は120 °Cで加熱しても起こりません。そこで、加熱でF2-コロネンに変換するために、チオフェン環の硫黄原子を酸化して芳香族性を失わせることにしました。硫黄原子の酸化状態には、S-オキシドS,S-ジオキシドがあります。両者を作り分け、元のF4-チア[6]ヘリセンも含めて全て結晶構造を解析しました。


About/Help

About/Help

About/Help

S-オキシドの酸素の向きは、S,S-ジオキシドと見比べると分かるように2パターン考えられますが、酸素が外側を向いたものが選択的に得られました。次に、チオフェン環を横から見ると、F4-チア[6]ヘリセンは平面、S-オキシドは8°に折れ曲がったエンベロップ型、そしてS,S-ジオキシドは約3°折れ曲がっていました。さらに、チオフェン環の結合長に着目すると、チオフェン環の酸化によって結合交替(共役系化合物の隣接する結合の長さが交互に異なること)が大きくなっていました。このように、チオフェン環の1,3-ジエン性が増したことから、加熱条件でF2-コロネンに変換できるのではと期待しました。

実際、S-オキシドを100 °Cで加熱したところ、F2-コロネンを収率8%で得ることができました。しかし、酸素が外れる、あるいは二量化するといった問題があり、実用的ではありませんでした。一方、S,S-ジオキシドを100 °Cで加熱したところ、F2-コロネンが収率28%で得られました。さらに160 °Cに昇温すると、原料は80分以内で消費され、F2-コロネンの収率が55%に向上しました。分子内でDiels–Alder反応が起きた後にSO2が脱離し、さらに再芳香族化を駆動力としてフッ素が2個脱離することでF2-コロネンが生成したと考えられます

100 °Cで加熱した場合

S,S-ジオキシドを100 °Cで24時間加熱した場合、F2-コロネンが収率28%で得られたのに加えて、未反応の原料が46%回収されました。一方、S-オキシドでは原料は回収されませんでした。S-オキシドは反応性が高く不安定である(とりわけ二量化しやすい)ため、S-オキシドを用いてF2-コロネンに変換するのを断念しました。

ここで1つ疑問が浮かびます。それは、そもそも、この骨格変換において、フッ素は必要なのかということです。その問いに対する答えは、「フッ素は必ずしも必要ではないが、フッ素があると効率的に変換が起きる」になります。フッ素化されていないヘリセンを160 °Cで同様に加熱すると、コロネンが収率23%で得られましたが、未反応の原料が残っていました。


1968年に報告された[6]ヘリセンからコロネンへの骨格変換は、電子衝撃(電子イオン化)によるものでした。末端のベンゼン環をチオフェン環に置き換える、さらに、チオフェン環を酸化することで、加熱による骨格変換を実現できました。チアヘリセンの分子内Diels–Alder反応を起点とする“Helix-to-Disc”型の骨格変換は、コロネンに限らず、他の縮合多環芳香族化合物の合成に応用できると期待されます。


本研究を進めるにあたり、合成・反応解析を担当してくれた清野魁人くん、岡野翼くん、大谷光樹くんに感謝いたします。また、X線測定では、山形大学大学院有機材料システム研究科・片桐洋史教授に大変お世話になりました。


*JSmol: an open-source HTML5 viewer for chemical structures in 3D. http://wiki.jmol.org/index.php/JSmol#JSmol.